安田忠夫のバンナ戦とは?2001年大みそか「INOKI BOM-BA-YE」ジェロム・レ・バンナに大金星、娘を肩車して男泣き

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はじめに

2026年2月8日に62歳で死去した元プロレスラー・安田忠夫さん。安田さんの人生で最も輝いた瞬間が、2001年12月31日の大みそかに行われた「INOKI BOM-BA-YE 2001」でのジェロム・レ・バンナ戦でした。さいたまスーパーアリーナで行われたメインイベントで、当時K-1トップ選手のバンナ(フランス)に対し、大方の予想を覆して2Rギロチンチョーク(前腕チョーク)で締め落とし大金星を挙げました。試合後、リング上で当時中学生だった長女のAYAMIさんを肩車し、感極まって涙を流す姿は、お茶の間に大きな感動を与え、”世紀の番狂わせ”として語り継がれています。本記事では、この伝説の一戦について詳しく解説します。

2001年大みそか「INOKI BOM-BA-YE 2001」

さいたまスーパーアリーナで開催

2001年12月31日、大みそかにさいたまスーパーアリーナで格闘技イベント「INOKI BOM-BA-YE 2001」が開催されました。

アントニオ猪木が主催する格闘技イベントで、通称「猪木祭」と呼ばれました。

メインイベントで安田忠夫vsジェロム・レ・バンナ

メインイベントで安田忠夫vsジェロム・レ・バンナ(フランス)の一戦が組まれました。

総合格闘技ルールでの対戦でした。

ジェロム・レ・バンナとは

K-1で”無冠の帝王”と呼ばれた強豪

ジェロム・レ・バンナはフランス出身のキックボクサーで、K-1で”無冠の帝王”と呼ばれた強豪でした。

当時K-1のトップ選手として君臨していました。

圧倒的な強さを誇る

バンナは圧倒的な強さを誇り、安田さんとの対戦では、誰もがバンナの勝利を予想していました。

安田忠夫の挑戦

アントニオ猪木に見出されて総合格闘技デビュー

安田さんは2001年にアントニオ猪木に見出されて、総合格闘技に挑戦しました。

同年3月の「PRIDE.13」で総合格闘家デビューを果たし、元K-1ファイターの佐竹雅昭から判定勝利を挙げていました。

プロレスラーとしては伸び悩んでいた

安田さんは1993年に新日本プロレスに入門し、「ポスト坂口征二」として期待されましたが、大きなチャンスを与えられることもなく、結果を出せない中堅レスラーとしての日々が長く続いていました。

大みそかのメインイベントで大舞台に

そんな中、猪木に見出されて総合格闘技に挑戦し、2001年大みそかのメインイベントという大舞台に立つことになりました。

2Rギロチンチョークで締め落とし大金星

大方の予想を覆す

誰もがバンナの勝利を予想していましたが、安田さんは大方の予想を覆しました。

2Rハーフガードポジションから前腕チョーク

2ラウンド、ハーフガードポジションからの前腕チョーク(当時はギロチンチョークと表記)でバンナを締め落としました。

“世紀の番狂わせ”

この勝利は”世紀の番狂わせ”として大きな話題となりました。

リング上で愛娘を肩車して男泣き

当時中学生だった長女のAYAMIさんを肩車

試合後、リング上で当時中学生だった長女のAYAMIさんを肩車しました。

感極まって涙を流す

感極まって涙を流す姿は、お茶の間に大きな感動を与えました。

「時の人」に

この瞬間は多くのメディアで取り上げられ、安田さんは「時の人」となりました。

バンナ戦が安田さんの人生最大のハイライト

人生最大の輝きの瞬間

バンナ戦での勝利は、安田さんの人生最大の輝きの瞬間でした。

プロレスラーとして伸び悩んでいた安田さんにとって、この勝利は大きな救いとなりました。

多くの人々の心を打つ

リング上で娘を肩車して男泣きする姿は、多くの人々の心を打ちました。

「安田さん、よくやった!」と応援したくなる人が続出しました。

2002年、IWGPヘビー級王座を戴冠

この勢いで2002年2月には第30代IWGPヘビー級王座に輝き、プロレスラーとして頂点に立ちました。

その後の安田さん

素行不良で2005年に新日本プロレスを解雇

しかし、その後は素行不良などの影響で活躍の場が減少しました。

2005年1月に新日本プロレスを解雇されました。

2011年に引退

2011年2月に引退興行を開催し、現役を引退しました。

引退後は職を転々

引退後は職を転々とし、近年は警備員として働いていました。

私生活ではギャンブル好きで「借金王」

私生活ではギャンブル好きで「借金王」の異名を持ち、波瀾万丈の人生を送りました。

2026年2月8日、62歳で死去

2026年2月8日、都内の自宅で倒れているところを同僚に発見され、死去しました。

62歳でした。

バンナ戦の感動は語り継がれる

「あのバンナ戦の安田さん」

訃報を聞いて、多くの人が「あのバンナ戦の安田さん」「肩車の安田さん」を思い出しました。

伝説の一戦として語り継がれる

2001年大みそかのバンナ戦は、伝説の一戦として語り継がれています。

安田さんの人生で最も輝いた瞬間

バンナ戦での勝利、そしてリング上で娘を肩車して男泣きする姿は、安田さんの人生で最も輝いた瞬間でした。

まとめ

2001年12月31日の大みそか、さいたまスーパーアリーナで行われた「INOKI BOM-BA-YE 2001」のメインイベントで、安田忠夫さんは当時K-1トップ選手のジェロム・レ・バンナに対し、大方の予想を覆して2Rギロチンチョークで締め落とし大金星を挙げました。試合後、リング上で当時中学生だった長女のAYAMIさんを肩車し、感極まって涙を流す姿は、お茶の間に大きな感動を与え、”世紀の番狂わせ”として語り継がれています。この勝利は安田さんの人生最大のハイライトとなり、2002年にはIWGPヘビー級王座を戴冠しました。しかしその後は素行不良で2005年に新日本プロレスを解雇され、2011年に引退。私生活ではギャンブル好きで「借金王」の異名を持ち、波瀾万丈の人生を送りました。2026年2月8日、62歳で死去しましたが、バンナ戦の感動は多くの人々の心に残り続けています。


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