鈴木辰己選手が落車事故で死去、享年72歳。浜松オート大エースの訃報にファン悲しみ

未分類

はじめに

2026年1月25日、オートレース界に衝撃が走りました。浜松オートレース場の大エース、鈴木辰己選手(72歳)が、川口オートレース場でのレース中の落車事故により死去したことがJKAから発表されました。1975年の選手登録以来、50年以上にわたりオートレース界を支え続けてきたレジェンドの突然の訃報に、多くのファンが悲しみに包まれています。

川口オートレース場で落車、翌日未明に死去

事故の詳細

2026年1月24日(金)、埼玉県川口市の川口オートレース場で開催された川口オートナイトレース2日目の第2レース。4周回4コーナーで鈴木辰己選手が落車し、後続車と接触する事故が発生しました。

鈴木選手は直ちに川口市内の病院に救急搬送され、必要な処置が施されましたが、手当ての甲斐もなく2026年1月25日午前2時40分、多発性損傷により死去(殉職)しました。

JKA会長のコメント

JKA(公益財団法人 競輪とオートレースを統括するJKA)の木戸寛会長(68歳)は、次のようにコメントしました。

「鈴木辰己選手の突然の訃報に接し非常に驚いております。ご家族皆様のご心痛いかばかりかとお察し申しあげますとともに、在りし日のご活躍を偲び心からご冥福をお祈り申しあげます。業界で公正安全に努めて参りましたが、このような痛ましい事故が起きないよう改めて関係者一同で努力して参ります」

オートレース界97人目の殉職者

オートレース界の殉職者は鈴木辰己選手で97人目。落車による殉職は、2021年12月3日の黒岩明さん以来となります。

鈴木辰己選手のプロフィール

本名: 鈴木辰己(すずき・たつみ)
生年月日: 1953年3月11日
没年月日: 2026年1月25日(享年72歳)
出身地: 静岡県
所属: 浜松オートレース場
: 13期
選手登録日: 1975年3月24日
身長: 159.2cm
体重: 56.1kg
血液型: A型
趣味: 魚釣り

輝かしい戦績:通算107勝、1560回の1着

通算成績

  • 通算優勝回数: 107回
  • 通算1着回数: 1560回
  • グレードレース(SG・GI・GII)優勝回数: 16回
  • SG優勝回数: 1回
  • GI優勝回数: 8回
  • GII優勝回数: 7回

主な優勝タイトル

SG戦歴

  • オールスターオートレース(1990年、川口オートレース場)

GI戦歴

  • 秋のスピード王決定戦(2003年、浜松オートレース場)
  • 中日スポーツ杯争奪サマーチャンピオン決定戦(1996年・2000年、浜松オートレース場)
  • 春のスピード王決定戦(1980年・1983年・1988年、浜松オートレース場)
  • 市制周年記念レース(1983年・1984年、浜松オートレース場)

史上6人目の1500勝達成

2023年1月4日、浜松オートレース場で開催された「第7回 花の舞新酒杯」開催最終日の第10レースにて1着となり、オートレース史上6人目の通算1,500勝を達成しました。

このとき鈴木選手は69歳。長年にわたる技術と経験の積み重ねが、この大記録につながりました。

浜松オートレースを支え続けた大エース

鈴木辰己選手は、浜松オートレース場を長らく一人で支えてきた大エースです。

1975年3月24日に選手登録。翌年、廃止された大井オートレース場に代わり伊勢崎オートレース場が新設された際、当時浜松のエース選手であった山元正次(6期)が伊勢崎に移籍することとなりました。

新たなエースの誕生が期待されていた時期に新人時代を過ごした鈴木選手は、順調な成長を見せ、1980年には初の記念タイトルを獲得。

以降、浜松の中心選手として活躍しました。浜松所属の選手で唯一、通算勝利数1000勝と通算優勝回数100回の両方を達成しています。

カミソリのような切れ味のスタート力

鈴木選手の最大の武器は、「カミソリのような切れ味のスタート力」でした。

スタートダッシュで優位に立ち、そのままレースを支配する。これが鈴木辰己選手のスタイルでした。

高橋貢選手(22期、伊勢崎オートレース場所属)に破られるまでは、オートレース選手競走ランク連続A級(後にS級に改変される)1位の連続記録を持っていました。

72歳まで現役、最後まで走り続けた伝説のレーサー

鈴木辰己選手が驚異的だったのは、72歳まで現役選手として走り続けたことです。

50年以上のキャリア、1500勝以上の記録。しかし鈴木選手は引退することなく、最後まで現役レーサーとしてコースに立ち続けました。

事故が起きた2026年1月24日の川口オートレース場でも、鈴木選手はいつものようにヘルメットをかぶり、バイクにまたがり、スタートを切りました。

それが最後のレースとなってしまいました。

娘は競艇選手・鈴木成美

鈴木辰己選手の実娘は、ボートレーサー(競艇選手)の鈴木成美さんです。

父はオートレース、娘は競艇。親子二代にわたるレーサー一家として知られていました。

鈴木成美さんの心境を思うと、胸が痛みます。

ファンからの追悼の声

Xやオートレース関連のコミュニティでは、多くのファンから追悼の声が寄せられています。

「鈴木辰己選手、本当にお疲れ様でした」
「浜松の誇り、オートレース界のレジェンド」
「72歳まで現役で走り続けた姿に尊敬します」
「ご冥福をお祈りします」

鈴木辰己選手が遺したもの

鈴木辰己選手は、オートレース界に何を遺したのでしょうか。

  • 50年以上のキャリア
  • 通算107勝、1560回の1着
  • 浜松オートレースを支え続けた功績
  • 72歳まで現役で走り続けた姿勢
  • レースへの情熱と誇り

そして何より、多くのファンの心に残る「走る姿」を遺しました。

まとめ

2026年1月24日、川口オートレース場で落車事故に遭った鈴木辰己選手(72歳、浜松オートレース場所属)が、翌25日午前2時40分に多発性損傷により死去しました。1975年の選手登録以来、50年以上にわたりオートレース界で活躍し、通算107勝、1560回の1着を記録。2023年には史上6人目の1500勝を達成するなど、72歳まで現役レーサーとして走り続けた伝説のレーサーでした。浜松オートレースの大エースとして、多くのファンに愛され続けた鈴木辰己選手のご冥福をお祈りいたします。


関連記事

参考情報・外部リンク

画像出典

※東スポオートレースに鈴木辰己選手の写真が掲載されています:
https://autorace.tokyo-sports.co.jp/articles/-/748

コメント

タイトルとURLをコピーしました