宮根誠司の経歴とは?島根出身、朝日放送アナから40歳でフリー転身、ミヤネ屋で日本の顔に

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はじめに

2026年1月28日、『ミヤネ屋』の2026年10月終了が発表された宮根誠司さん(62歳)。島根県出身の宮根さんは、1987年に朝日放送にアナウンサーとして入社し、『おはよう朝日です』などで人気を博しました。2003年、40歳で朝日放送を退社してフリーアナウンサーに転身。その後、『ミヤネ屋』で日本の「お昼の顔」として活躍してきました。本記事では、宮根誠司さんの経歴、アナウンサーとしての歩み、そして『ミヤネ屋』20年の軌跡を詳しく解説します。

宮根誠司のプロフィール

氏名: 宮根誠司(みやね・せいじ)
生年月日: 1963年4月27日(62歳)
出身地: 島根県大田市
最終学歴: 関西大学経済学部卒業
職業: フリーアナウンサー、タレント、総合司会者
所属: テイクオフ
主な番組: 『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)、『Mr.サンデー』(フジテレビ系)

島根県大田市出身

宮根誠司さんは、1963年4月27日、島根県大田市に生まれました。

島根県立大田高等学校を卒業後、浪人生活を経て、関西大学経済学部に入学しました。

1987年、朝日放送にアナウンサーとして入社

軽い気持ちで応募したアナウンサー試験

大学卒業後の1987年、宮根さんは朝日放送にアナウンサーとして入社しました。

元々、アナウンサーを志してはいませんでしたが、就職活動中にふと立ち寄った就職課で朝日放送の募集掲示を見て、軽い気持ちで応募したといいます。

面接でのトークが成功して採用されました。

新人時代は苦労

新人時代は、アナウンサーとしての基礎知識がなく、担当番組がなかなか決まらず、ニュース読みを続けたといいます。

しかし、持ち前のトーク力で徐々に頭角を現していきました。

『おはよう朝日です』で人気アナウンサーに

朝の顔として活躍

宮根さんは、朝日放送(現:朝日放送テレビ)の朝の情報番組『おはよう朝日です』の司会を長年務めました。

軽妙なトークと親しみやすいキャラクターで、関西の朝の顔として絶大な人気を誇りました。

エグゼクティブアナウンサーに

朝日放送では、エグゼクティブアナウンサーにまで昇格しました。

局アナとして順風満帆なキャリアを歩んでいました。

2003年、40歳でフリーアナウンサーに転身

安定を捨てて新たな挑戦へ

2003年、宮根さんは40歳で朝日放送を退社し、フリーアナウンサーに転身しました。

局アナとしての安定した地位を捨て、フリーという不安定な立場に飛び込む決断。

この時の決断が、その後の宮根さんのキャリアを大きく変えることになります。

『おはよう朝日です』は退社後も継続

朝日放送退社後も、『おはよう朝日です』の司会は2010年3月26日まで担当しました。

フリーになってからも、古巣の朝日放送で活躍を続けました。

2006年、『ミヤネ屋』スタート

読売テレビで新番組

2006年7月31日、読売テレビ制作の『激テレ★金曜日』をリニューアルして、月曜日から金曜日の帯番組『情報ライブ ミヤネ屋』がスタートしました。

当初は金曜日のみの放送でしたが、好評を受けて帯番組に拡大しました。

『おは朝』とミヤネ屋を掛け持ち

『ミヤネ屋』のスタートに伴い、平日は『おは朝』と掛け持ちで、朝と夕方の生番組の総合司会を務めることとなりました。

朝から夕方まで、宮根さんはテレビに出ずっぱりという超多忙な日々でした。

2007年、全国ネット番組に昇格

日本中に知られる存在に

2007年10月1日、『ミヤネ屋』が関東地区と長野県を除いて、全国ネット番組に昇格しました。

2008年3月31日からは日本テレビでも放送開始し、日本テレビ系列フルネットとなりました。

これにより、宮根さんは日本中に知られる存在となりました。

「お昼の顔」に

『ミヤネ屋』は、平日午後の情報番組として定着。

宮根さんは日本の「お昼の顔」として、絶大な知名度を獲得しました。

『Mr.サンデー』でも活躍

2010年、フジテレビ系でも冠番組

2010年4月25日、フジテレビ・関西テレビ共同制作の『Mr.サンデー』がスタートしました。

日曜日の夜、宮根さんが司会を務める報道・情報番組です。

平日は『ミヤネ屋』、日曜は『Mr.サンデー』

『ミヤネ屋』と『Mr.サンデー』。異なる系列で2つの冠番組を持つ宮根さん。

これは非常に珍しいケースで、宮根さんの人気と実力を物語っています。

20年間『ミヤネ屋』を支え続けた

2024年7月、20周年を迎える

2024年7月、『ミヤネ屋』は放送開始から20周年の節目を迎えました。

宮根さんは、20年間にわたって番組を支え続けてきました。

政治からエンタメまで幅広く扱う

『ミヤネ屋』では、政治、経済、事件、エンタメなど、幅広いテーマを扱ってきました。

宮根さんの軽妙なトークと鋭い質問で、視聴者を飽きさせませんでした。

コア視聴率は同時間帯トップ

裏番組の『ゴゴスマ』の猛追もありましたが、コア視聴率(13歳から49歳までの個人視聴率)は依然として高く、同時間帯の首位をキープし続けてきました。

2026年10月、『ミヤネ屋』終了へ

62歳、新たな挑戦へ

2026年1月28日、『ミヤネ屋』が2026年10月の改編をもって終了することが明らかになりました。

宮根さん自身の申し出による終了。

62歳の宮根さんは、40歳の時にフリーに転身した時と同じ心境で、「一から出直す」覚悟を決めています。

「安定より挑戦」を選んだ62歳

「2年前に還暦を迎えた頃から『安定にしがみつくのではなく、新しいことに挑戦したい』という思いを抱いていた」

62歳という年齢でも、新たな挑戦に踏み出す宮根さん。

その決断には、多くの人が驚きと敬意を抱いています。

宮根誠司の人物像

軽妙なトークと鋭い質問

宮根さんの最大の武器は、軽妙なトークと鋭い質問です。

政治家にも物怖じせず、率直に質問する姿勢が視聴者の支持を集めてきました。

親しみやすいキャラクター

関西弁を駆使した親しみやすいキャラクターも、宮根さんの魅力です。

堅苦しくなく、視聴者との距離が近い司会ぶりが人気の秘訣でした。

まとめ

宮根誠司さんは1963年島根県大田市生まれ。関西大学経済学部卒業後、1987年に朝日放送にアナウンサーとして入社しました。『おはよう朝日です』で関西の朝の顔として活躍し、2003年に40歳でフリーアナウンサーに転身。2006年に『ミヤネ屋』がスタートし、2007年には全国ネット番組に昇格しました。20年間にわたって日本の「お昼の顔」として活躍してきた宮根さん。2026年10月、『ミヤネ屋』は終了します。62歳、「安定より挑戦」を選び、新たなスタートを切る宮根さんの次の一歩に注目が集まります。


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