はじめに
2026年1月24日、NHK BS「にこにこぷんがやってきた!」で「うたのおにいさん」を務めた関沢圭司さんが、2025年12月7日に病気で亡くなっていたことが明らかになりました。速水けんたろうさんが49日法要を迎えたこの日、自身のSNSで訃報を報告。享年55歳という若さでした。ローラースケートを履いて歌い踊る姿で多くの子どもたちに笑顔を届けてきた関沢圭司さんの訃報に、ファンや関係者から追悼の声が相次いでいます。
速水けんたろうが49日法要で訃報を報告
NHK Eテレ「おかあさんといっしょ」第8代うたのおにいさんを務めた速水けんたろうさん(63歳)が2026年1月24日、自身のX(旧Twitter)を更新し、関沢圭司さんの死去を報告しました。
速水さんは次のように投稿しています。
「実は…悲しいお知らせです。大切な仲間、関沢圭司くんが、昨年末、病気で亡くなりました。ハッキリお伝えできないままでしたが本日49日を迎え、ご家族の方からご意向を確認することができたので、ご報告させて下さい。本当に残念です…」
関沢さんが亡くなったのは2025年12月7日。しかし訃報が公表されたのは49日法要を終えた2026年1月24日でした。これは関沢さんのご家族の意向によるもので、「静かに見送りたい」という思いがあったと見られます。
速水さんは続けて、「病気のことを知ったのは2023年夏。あまりに突然のことで言葉を失いました。見た目は元気だから信じられなくて、、、亡くなる前までそうでした。子供達に楽しい時間を届けようと元気な笑顔で頑張ってる姿に胸が痛みました。圭司ありがとう…みんなの心の中にずっと生き続けてるからね」と、関沢さんへの感謝の思いをつづりました。
関沢圭司さんのプロフィールと経歴
関沢圭司(せきざわ・けいじ)さんは、1970年10月9日に東京都で生まれました。歌手、俳優、そしてインラインスケートプレイヤーとして活躍していました。
レッドドルフィンズのリーダーとして
1990年代、インラインスケートアイドルチーム「レッドドルフィンズ」のリーダーとして人気を集めました。ビクター音楽産業から3枚のアルバムをリリースし、当時のインラインスケートブームの中心的存在として活躍しました。
NHK「うたのおにいさん」として
レッドドルフィンズ解散後の1997年4月から1999年3月まで、NHK-BS2「にこにこぷんがやってきた!」に「うたのおにいさん」として出演。番組では特技のインラインスケートやアクロバットを生かし、「たいそうのおにいさん」としての側面も持っていました。
ローラースケートで登場し、歌って踊る姿は当時の子どもたちに強烈な印象を残しました。SNSでは「スケートの人、めっちゃかっこよかった!」「あの全力っぷりに心を打たれた」という声が多数寄せられています。
東京ディズニーリゾートでの活動
2000年から2012年3月30日まで東京ディズニーリゾートに在籍し、ダンサーを務めていました。元ディズニー所属のダンサー4人組によるユニット「D★4」のメンバーでもありました。
さらに、バンド「THE SLOW-STARTERS(通称:スロスタ)」でボーカルとギター、作詞作曲を担当するなど、多彩な才能を発揮していました。
その他の出演作品
- 熱中ホビー百科「スタイリッシュスポーツ!インラインスケート」(1996年、NHK)
- こどもちゃれんじぷち 映像教材(1998年〜2003年、ベネッセコーポレーション)
- 渋谷DEどーも どーもくんのともだちいっぱい!祭り(2011年5月、NHK公開生放送)
2023年から闘病、最期まで子どもたちに笑顔を届ける
速水けんたろうさんの証言によると、関沢さんが病気であることを知ったのは2023年夏のこと。それから約2年間、関沢さんは闘病しながらも活動を続けていました。
特筆すべきは、2025年10月26日、和歌山県民文化会館で開催された「ファンターネ!がやってきた」の公演にも出演していたことです。亡くなるわずか1カ月半前まで、ステージに立ち続けていました。
速水さんは「見た目は元気だから信じられなくて、、、亡くなる前までそうでした。子供達に楽しい時間を届けようと元気な笑顔で頑張ってる姿に胸が痛みました」と、病と闘いながらも子どもたちのために全力を尽くした関沢さんの姿を伝えています。
共演者たちからの追悼メッセージ
関沢さんの訃報を受けて、多くの共演者が追悼のメッセージを発信しています。
瀧本瞳さん(元うたのおねえさん)
30年来の友人という元「うたのおねえさん」瀧本瞳さんは、自身のXで次のように投稿しました。
「30年来の大切な友人『関沢圭司』が旅立って49日。夢の中に歌いに来てくれてありがとう。目が覚めた後、娘に気づかれないように泣いたわ。気持ちの整理もできず、まだ全然しっくりいく言葉が見つからないけれど、忘れたくない思い出をいっぱいありがとう!!」
「圭司はいつも優しくて面白いお兄ちゃん。本当にみんなに愛される人でした。辛かったでしょ、苦しかったでしょ、本当の本当はどう感じていたのかな…。最後に見た顔はとても穏やかでした」
坂田おさむさん(元うたのおにいさん)
「おかあさんといっしょ」の元うたのおにいさん・坂田おさむさんも、自身のXで訃報を伝え、関沢さんを悼みました。
ファンからの追悼の声
SNSでは、関沢さんの訃報に接したファンから多くの追悼メッセージが寄せられています。
「まだ現実感がない」
「子どもたちにたくさんの笑顔をありがとう」
「スペステでのスケート姿が今も忘れられない」
「ローラースケートで歌って踊る姿に衝撃を受けた」
「番組卒業から20年以上経ってもこれだけ多くの人が心を痛めている」
関沢さんがどれほど多くの人々の心に残る存在だったかが、これらの言葉から伝わってきます。
関沢圭司さんが遺したもの
関沢圭司さんは、55年という決して長くはない人生の中で、多くの子どもたちに笑顔と夢を届けてきました。
インラインスケートという当時最先端のスポーツを取り入れた「うたのおにいさん」という斬新なスタイル。ディズニーランドでのダンサーとしての活躍。バンドのボーカルとしての音楽活動。そして何より、病と闘いながらも最期まで子どもたちのためにステージに立ち続けた姿勢。
速水けんたろうさんの言葉通り、関沢圭司さんは「みんなの心の中にずっと生き続ける」存在となるでしょう。
まとめ
元NHK「うたのおにいさん」関沢圭司さんの訃報は、49日法要を終えた2026年1月24日に速水けんたろうさんによって報告されました。2023年から闘病しながらも、最期まで子どもたちに笑顔を届け続けた関沢さん。ローラースケートで歌い踊る姿は、多くの人々の記憶に深く刻まれています。享年55歳。心よりご冥福をお祈りいたします。


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