はじめに
2026年1月24日に訃報が伝えられた関沢圭司さん。「ローラースケートを履いたうたのおにいさん」として多くの子どもたちに愛されました。しかし、関沢さんの活動はNHKの子ども番組だけにとどまりません。インラインスケートアイドル「レッドドルフィンズ」のリーダー、東京ディズニーリゾートのダンサー、バンドのボーカルなど、多彩なキャリアを築いてきました。本記事では、関沢圭司さんの55年の人生を経歴とともに詳しく振り返ります。
関沢圭司の基本プロフィール
本名: 関沢圭司(せきざわ・けいじ)
生年月日: 1970年10月9日
出身地: 東京都
星座: 天秤座
身長: 167cm
体重: 57kg
趣味: ウクレレ、写真撮影、筋トレ
特技: インラインスケート、ダンス、アクロバット
没年月日: 2025年12月7日(享年55歳)
レッドドルフィンズのリーダーとしてデビュー
インラインスケートアイドルの先駆け
関沢圭司さんのエンターテインメント業界でのキャリアは、1990年代初頭、インラインスケートアイドルグループ「レッドドルフィンズ」のリーダーとしてスタートしました。
レッドドルフィンズとは?
- 1990年代初頭に活動した日本の男性インラインスケートアイドルグループ
- 所属芸能事務所:タニプロモーション
- レーベル:ビクター音楽産業
- プロデューサー:谷口誠治(タニプロモーション創設者)
当時は光GENJIがローラースケートを履いて歌い踊る姿で空前の大ブームを巻き起こしていた時代。レッドドルフィンズもそのブームに乗り、インラインスケートを取り入れたパフォーマンスで人気を集めました。
ビクターから3枚のアルバムをリリース
レッドドルフィンズは、ビクター音楽産業から以下のアルバムをリリースしました。
- 1stアルバム『NONFICTION PANIC』(1991年2月21日、VICL-2048)
- 2ndアルバム『BLUE SHOUT!』
- 3rdアルバム『GO! GO! GORILLA!』
関沢さんはリーダーとして、グループの中心的存在として活躍していました。
テレビ出演
レッドドルフィンズは音楽活動だけでなく、テレビ出演も果たしています。
- 『超人機メタルダー』第22話(1987年8月31日、テレビ朝日)- レッドドルフィン役
また、ラジオ番組『赤坂学園新鮮組 エスクエラやろうぜ!』(ラジオたんぱ)にも出演していました。
プロインラインスケーターとしての活動
レッドドルフィンズ解散後、関沢さんはインラインスケートのプロチーム「Team Rollerblade Japan」のメンバーとして全国でパフォーマンスを展開しました。
この時期、関沢さんはインラインスケートの技術をさらに磨き、後にNHKでの活動につながる実力を身につけていきます。
NHK「にこにこぷんがやってきた!」うたのおにいさん時代
ローラースケートを履いた革新的なおにいさん
1997年4月から1999年3月まで、関沢圭司さんはNHK-BS2「にこにこぷんがやってきた!」に「うたのおにいさん」として出演しました。
番組の特徴
- NHK「おかあさんといっしょ」のスピンオフ的な子ども番組
- BS2で放送
- インラインスケートを履いて歌い踊る斬新なスタイル
関沢さんは、特技のインラインスケートやアクロバットを生かし、「うたのおにいさん」でありながら「たいそうのおにいさん」としての側面も持っていました。
子どもたちの記憶に残るパフォーマンス
ローラースケートで登場し、軽やかに滑りながら歌って踊る姿は、当時の子どもたちに強烈な印象を残しました。
SNSでは「スケートの人、めっちゃかっこよかった!」「あのスケート姿が今も忘れられない」という声が多数寄せられています。
番組終了後も継続出演
番組が終了し、キャラクターが変わった後も、関沢さんは同イベントに引き続き出演。NHKの子供向け番組や「おかあさんといっしょファミリーステージ」にゲスト出演するなど、子どもたちとの交流を続けました。
NHKでの多彩な活動
インラインスケート講師として
関沢さんは「うたのおにいさん」としてだけでなく、インラインスケートの講師としても多数の番組に出演しています。
主な出演番組
- 1996年:NHK「熱中ホビー百科 インラインスケート教室」インストラクター
- 1999年:NHK「母と子のテレビタイム」ゲスト
- 2001年:NHK「ソウルわんパーク」ゲスト
- 2002年:NHK「ソウルわんパーク」ゲスト
- 2005年:NHK BS「どーもくんワールド」ゲスト
- 2008年:NHK BS「ななみDEどーも」ゲスト
- 2010年:NHK BS「ななみDEどーも」ゲスト
- 2011年:NHK BS「渋谷DEどーも どーもくんのともだちいっぱい!祭り」公開生放送
- 2012年:NHK BS「みんなDEどーもくん」ゲスト
20年以上にわたってNHKの番組に出演し続けていたことがわかります。
東京ディズニーリゾートのダンサーとして
10年間の在籍
2000年から2012年3月30日まで、関沢圭司さんは東京ディズニーリゾート(TDR)にダンサーとして在籍していました。
ディズニーランドやディズニーシーのショーやパレードで、プロのダンサーとして活躍。夢の国で多くのゲストに笑顔を届けました。
ユニット「D★4」のメンバー
元ディズニー所属のダンサー4人組によるユニット「D★4」のメンバーでもありました。ディズニーで培った経験を活かし、新たな表現活動を展開していました。
俳優・舞台活動
地球ゴージャス「さくらのうた」出演
関沢さんは俳優、ダンサーとして舞台活動も行っていました。
主な舞台出演
- 『さくらのうた〜幻の夏…忘れ去られた小さな心たちへのレクイエム〜』(2000年8月4日〜26日、地球ゴージャスプロデュース公演)
地球ゴージャスは、岸谷五朗さんと寺脇康文さんがプロデュースする演劇ユニット。その舞台に出演していたことからも、関沢さんの演技力の高さがうかがえます。
バンド活動とシンガーソングライター
THE SLOW-STARTERS(スロスタ)
関沢さんは、バンド「THE SLOW-STARTERS(通称:スロスタ)」でボーカルとギターを担当し、作詞作曲も手がけていました。
趣味のウクレレやギター演奏を活かし、音楽活動にも力を入れていました。ライブ活動を通じて、活動の場を広げようと心がけていたそうです。
YouTubeチャンネルでの発信
近年では、YouTubeチャンネルを開設し、音楽活動やトークなどを発信していました。2023年には「アップのペースが上がりました!笑」と自身のサイトで報告するなど、精力的に活動していました。
その他の出演作品
CM・教材
- カルビー「チョコパフィ」(声の出演)
- こどもちゃれんじぷち 映像教材(1998年〜2003年、ベネッセコーポレーション)
子ども向けコンテンツに多数出演し、多くの子どもたちに親しまれていました。
ラジオ
- 『赤坂学園・新鮮組 〜エスクエラ野郎ぜ!〜』(1990年代前半、ラジオたんぱ)- 木曜日レギュラー
2023年夏から闘病、最期まで舞台に立ち続ける
速水けんたろうさんの証言によると、関沢さんが病気であることがわかったのは2023年夏のこと。それから約2年間、関沢さんは闘病しながらも活動を続けていました。
最後のステージ:2025年10月26日
亡くなる約1カ月半前の2025年10月26日、和歌山県民文化会館で開催された「ファンターネ!がやってきた」の公演にも出演していました。
速水さんは「見た目は元気だから信じられなくて、、、亡くなる前までそうでした。子供達に楽しい時間を届けようと元気な笑顔で頑張ってる姿に胸が痛みました」と、病と闘いながらも最期まで子どもたちのために全力を尽くした関沢さんの姿を伝えています。
関沢圭司が遺したもの
多彩な才能の持ち主
- インラインスケートアイドル
- プロインラインスケーター
- うたのおにいさん
- ディズニーダンサー
- 俳優
- シンガーソングライター
関沢圭司さんは、これだけ多彩なキャリアを持っていました。しかし、すべてに共通するのは「人を笑顔にする」という一貫した姿勢です。
プロフェッショナルとしての姿勢
病と闘いながらも最期までステージに立ち続けた関沢さん。その姿勢は、真のプロフェッショナルと呼ぶにふさわしいものでした。
速水けんたろうさんの「みんなの心の中にずっと生き続けてるからね」という言葉通り、関沢圭司さんは多くの人々の記憶に生き続けるでしょう。
まとめ
関沢圭司さんは、1970年10月9日生まれ、東京都出身。1990年代にインラインスケートアイドル「レッドドルフィンズ」のリーダーとしてデビューし、1997年から1999年までNHK「にこにこぷんがやってきた!」で「うたのおにいさん」を務めました。その後も東京ディズニーリゾートのダンサー、俳優、シンガーソングライターとして多彩な活動を展開。2023年から闘病しながらも、最期まで子どもたちに笑顔を届け続けました。2025年12月7日、55歳で逝去。多くの人々の心に残る存在として、今も愛され続けています。


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