はじめに:金メダルペア「りくりゅう」はこうして生まれた
2026年2月16日、ミラノ・コルティナ五輪で日本ペア史上初の金メダルを獲得した「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一組。世界を制した最強ペアの誕生には、引退寸前だった木原を三浦が救ったという奇跡のドラマがありました。
わずか7年前の2019年6月、木原龍一はフィギュアスケートをやめようとしていました。中京大学のリンクで自動ドアに足をかけ、まさに会場を出ようとしていたその瞬間——コーチの一声が、2人の運命を変えたのです。
2019年6月、木原龍一は引退を決意していた
木原龍一は2019年当時、古巣の邦和スポーツランド(名古屋市)でアルバイトをしていました。2月に練習で負傷して脳振盪と診断され、肩の痛みも限界に達していました。2人目のパートナー・須崎海羽とはすでにペアを解消しており、フィギュアスケーターとしての道は閉ざされつつありました。
2014年ソチ五輪、2018年平昌五輪に2大会連続出場を果たした実績を持つ木原でしたが、27歳という年齢とケガの状況から、引退を真剣に考えていたのです。野球好きで中日ファンの木原は、日本スケート連盟の関係者に「独立リーグ(野球)を受けようかなと思います」と冗談とも本気ともつかない言葉を残していました。
中京大学のリンク、自動ドアに足をかけた瞬間
2019年6月、中京大学で行われたペアとアイスダンスの新コンビ発掘トライアル。木原はペアの初心者をサポートするアルバイトとして呼ばれていました。謝礼もない仕事でした。
その日、同時開催でジュニアのペアだった三浦璃来・市橋翔哉組の合宿が行われていました。2人の関係はぎくしゃくしており、連盟が招いたペアコーチのブルーノ・マルコット氏を交えて深刻な話し合いが行われていました。
木原はスケート靴を脱ぎ、中京大アイスアリーナ「オーロラリンク」の出入り口の自動ドアに、まさに足をかけようとしていました。そのとき——
「リュウイチ、靴をはけ!」
マルコット氏が不意に叫びました。
ツイストリフトの「あの感触」が運命を変えた
三浦璃来もスケート靴をはき、木原とともにリンクへ戻りました。コーナーで後ろ向きに両足を交差させながら滑るバッククロスから、木原が三浦を持ち上げ、空中へ投げ上げました。シングルのツイストリフトです。
リンク脇で見ていた日本スケート連盟強化部長の小林芳子さんは、あまりの高さに驚きました。「あの瞬間、これはいけると思った」と後に振り返っています。
木原自身も衝撃を受けていました。「あの感触は本当にびっくりして。これならひょっとしたらって思った」——木原は引退を撤回し、三浦璃来のオファーを受けることを決意しました。
自動ドアに足をかけてから、わずか数分後のことでした。もし木原が自動ドアを出るのがあと一歩でも早かったら、「りくりゅう」は誕生していなかったかもしれません。
17歳の三浦璃来が、27歳の木原龍一を救った
当時17歳だった三浦璃来が、27歳で引退を考えていた木原龍一に声をかけ、新たなパートナーとして誘ったこと。これが「りくりゅう」誕生の原点です。
木原にとって三浦は「これならひょっとしたら」と思わせる才能の持ち主であり、三浦にとって木原は2度のオリンピック出場経験を持つ頼れるパートナーでした。年齢差9歳、シングル出身とペア経験者、性格も異なる2人でしたが、互いに補い合う関係が奇跡のペアを生み出したのです。
コロナ禍のカナダ滞在が絆を深めた
「りくりゅう」結成直後の2020年、新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲いました。カナダを拠点にしていた2人は、国境閉鎖により1年半もの間日本に帰国できませんでした。
しかしこの期間が、2人の絆を決定的に深めることになります。三浦は後に「カナダで過ごした時間が一番大きい。龍一くんとのコミュニケーションもグッと深まりましたし、チーム・ブルーノの信頼感が格段に強くなった」と振り返っています。
木原も「試合が中止になった一年半の間、ブルーノコーチの元でひたすら練習に集中できたのは奇跡的なこと。今思えばプラスの面もあった。あの日々が、今の力のベースになっている」と語ります。
お互いを支え合う関係性、2家族もペアのよう
結成当初は三浦が木原に敬語を使っていましたが、現在では壁がなくなり、お互いをいじり合える関係に。木原が「最近は尻に敷かれてきた(笑)」と冗談を言えば、三浦が「違う、違う(笑)」と返すような温かい雰囲気があります。
さらに特筆すべきは、お互いの両親同士も非常に仲が良いこと。木原は「親同士がすごく仲がいいので、そっちもペアみたい(笑)」と語り、国内大会には2家族で一緒に応援に来るといいます。三浦も「龍一くんのお母様がすごく明るい方で、試合前に会うと『楽しんできてね』と言ってもらえて気持ちが軽くなる」と感謝を口にします。
まとめ:自動ドアの前で運命が変わった7年前
2019年6月、自動ドアに足をかけた引退寸前の木原龍一。17歳の三浦璃来の声かけとマルコット氏の一声で、運命が大きく変わりました。あのツイストリフトの感触から7年、「りくりゅう」は年間グランドスラム、世界選手権2度優勝、そしてミラノ五輪金メダルという偉業を成し遂げました。奇跡のペア誕生秘話は、これからも語り継がれていくでしょう。
▶ Number Web:りくりゅう誕生秘話 ▶ Wikipedia:木原龍一 ▶ Wikipedia:三浦璃来


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