エジプト考古学者・吉村作治さん(82)は、23歳でエジプト人女性と結婚し、息子・龍人さんと娘・佳南さんの2人の子供を授かりましたが離婚。離婚理由は「豚肉チャーシュー入りラーメンを食べた」こと。イスラム教の禁忌を破り妻が激怒、さらに年20日しか帰宅しない多忙さも重なり別れることに。現在、龍人さんは太陽の船プロジェクトのカイロ事務所長、佳南さんは修復士として父を支えています。
吉村作治は結婚していた!妻はエジプト人
23歳で8歳年下のエジプト人女性と結婚
吉村作治さんは、1967年、23歳のときにエジプト人女性と結婚しています。
妻は8歳年下で、当時15〜16歳でした。
カイロ大学留学中の下宿先で出会う
2人が出会ったのは、吉村さんがカイロ大学留学中の下宿先でした。
下宿先の娘さんと恋に落ち、結婚に至ったのです。
結婚のためにイスラム教に改宗
エジプト人の約90%はイスラム教徒(スンナ派)です。
吉村さんは結婚を機に、イスラム教に改宗しました。
このことからも、エジプトに一生を捧げる覚悟が23歳の時点であったことが分かります。
妻の名前や顔写真は非公開
妻は一般人のため、名前や顔写真は公開されていません。
子供は2人!息子と娘がいる
息子・吉村龍人(50代)
長男・吉村龍人(よしむら たつひと)さんは現在50代で、エジプト在住です。
現在の職業:
- NPO法人太陽の船復原研究所・カイロ事務所長
- 父・吉村作治さんのマネージメント
- エジプト政府との交渉役
かつてはテレビのCM制作会社を経営していましたが、現在は父のプロジェクトをサポートしています。
吉村さんのアラビア語では相手に通じないこともあり、龍人さんがフォローしてくれているそうです。
プライベート:
- 結婚して3人の子供がいる
- 吉村作治さんにとっては孫が3人
娘・吉村佳南(50代)
長女・吉村佳南(よしむら かなん)さんも50代(アラフィフ)です。
経歴:
- かつてはエジプトで女優として活躍
- 大学院に進み修士号を取得
- 現在は「第2の太陽の船」の修復士として活動
兄と同じく、太陽の船復原研究所で父をサポートしています。
プライベート: 吉村さんによると、佳南さんは:
「彼氏やその両親に父親の自慢ばかりしてしまい、なかなか結婚まで結びつかない」
とのこと。父・吉村作治さんをとても尊敬しているようです。
離婚理由は「チャーシューラーメン」事件
熱海旅行でラーメンを食べてしまった
吉村さんと妻は、その後離婚しています。
離婚のきっかけとなった決定的な事件が、**「チャーシューラーメン事件」**です。
吉村さんは、研究と資金集めで多忙だったことを悪いと思い、家族を日本に呼んで旅行に連れて行きました。
京都、富士山、熱海などを訪れた一家。
熱海での夜、家族が寝静まった後、吉村さんは一人でラーメン店へ。
そして豚肉のチャーシュー入りラーメンを食べてしまったのです。
イスラム教の禁忌を破った
イスラム教では、豚は不浄なもの、つまり汚いものとされており、**豚肉を食べることは禁忌(タブー)**です。
ラーメンには:
- 豚肉のチャーシューが使われている
- スープも豚骨のエキスを使うことがある
つまり、イスラム教徒にとっては絶対にやってはいけない行為だったのです。
寝ていたと思っていた妻と息子が見ていた
吉村さんは、妻と息子は寝ていると思っていました。
しかし、実は2人とも見ていたのです。
豚肉のチャーシュー入りラーメンを食べる吉村さんの姿を。
妻は激怒し、その場でタクシーに乗って帰ってしまいました。
その後、離婚へ
この事件が決定打となり、2人は離婚することになりました。
息子の龍人さんが9歳のときだったと言われています。
吉村さんは後に、自分に非があったと語っています。
離婚の本当の理由は「仕事で多忙」
年に20日しか帰宅しない生活
実は、チャーシューラーメン事件は決定打であって、根本的な原因は別にありました。
吉村さんは結婚後もエジプトの遺跡の研究や資金集めに必死で、家に帰るのは年に20日程度でした。
しかも、1回の帰宅で5日ほどしか家にいなかったといいます。
「私と考古学とどっちが大事なの!?」
妻は吉村さんに詰め寄りました。
「私と考古学とどっちが大事なの!?」
吉村さんは即答しました。
「考古学」
この言葉に、妻は見限られたと感じたそうです。
エジプト人は家庭を大切にする
エジプト人は家庭を大切にする文化があります。
しかし吉村さんは、仕事第一で働く典型的な日本人でした。
文化の違い、年齢の違い(8歳差)、そして仕事への姿勢。
これらが積み重なり、夫婦仲は徐々に悪化していったのです。
吉村作治は再婚していない
離婚後は独身
吉村さんは離婚後、再婚していません。
現在82歳ですが、独身です。
著書『ノーモア・マリッジ』を出版
吉村さんは、離婚後に**『ノーモア・マリッジ』(情報センター出版局)**という本を出版しています。
改題して『僕が結婚をやめた理由 幸せになりたいなら読みなさい』(PHP文庫)としても出版されました。
この体験に圧倒され、「結婚とはなにか」という重い命題に憑かれることになったと語っています。
「全財産をなげうってアパート暮らし」
現在の吉村さんは、太陽の船プロジェクトに全財産をなげうっています。
「いまはアパート暮らしです。それくらい本気です」と語っており、再婚は考えていないようです。
元妻との現在の関係
今でも会うと30分ほど会話
吉村さんと元妻の関係は、離婚後も良好です。
吉村さんがエジプトに行くと、元妻と会って30分ほど会話をするそうです。
離婚したとはいえ、2人の子供の親として、良い関係を保っているようです。
子供たちは父をサポート
龍人さんはカイロ事務所長として
息子の龍人さんは、NPO法人太陽の船復原研究所・カイロ事務所長として、父の仕事を全面的にサポートしています。
吉村さんのマネージメントや、エジプト政府との交渉など、欠かせない存在です。
クラウドファンディングのページにも、龍人さんの写真が掲載されています。
佳南さんは修復士として
娘の佳南さんは、修士号を取得し、「第2の太陽の船」の修復士として活躍中。
吉村さんは語ります:
「48歳の娘はエジプトで女優をしていたのですが、今は『第2の太陽の船』の修復をしてくれています。修士号もとって頑張っています」
家族で太陽の船プロジェクトを支える
離婚したとはいえ、吉村さんの太陽の船プロジェクトは家族総出で進められています。
- 息子・龍人さん:カイロ事務所長、マネージメント、政府交渉
- 娘・佳南さん:修復士
- 元妻:エジプトで良好な関係を維持
家族の絆は、離婚後も続いているのです。
吉村作治の家族構成まとめ
父: 手描き友禅染の職人(和服製作販売店経営)
母: 手描き友禅染の職人(圧倒的に強い性格)
妹: 1人
祖母: 小規模な新宗教団体の教祖だった
元妻: エジプト人女性(8歳年下、名前非公開)
息子: 吉村龍人(50代、NPO法人太陽の船復原研究所カイロ事務所長)
娘: 吉村佳南(50代、太陽の船の修復士)
孫: 3人(龍人さんの子供)
まとめ: 離婚しても家族の絆
吉村作治さんの家族について振り返ると:
1967年(23歳): エジプト人女性と結婚、イスラム教に改宗
結婚後: 息子・龍人さん、娘・佳南さん誕生
離婚理由: 豚肉チャーシューラーメン事件+仕事で年20日しか帰宅しない
離婚時: 龍人さん9歳のとき
離婚後: 再婚せず独身、著書『ノーモア・マリッジ』出版
現在: 元妻とは良好な関係、子供たちは父のプロジェクトをサポート
チャーシューラーメンで離婚という衝撃的なエピソード。
しかし、本当の理由は「考古学」を選んだこと。
妻に「私と考古学とどっちが大事?」と聞かれ、「考古学」と答えた吉村さん。
その選択は、82歳になった今も変わっていません。
全財産をなげうって太陽の船の復原に挑み、アパート暮らしをしながらエジプトの砂漠を掘り続けています。
そんな父を、息子の龍人さんと娘の佳南さんがサポートする。
離婚しても、家族の絆は続いているのです。
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参考情報: 本記事は公開されている情報や報道、吉村作治さんのインタビュー、著書に基づいて作成しています。
免責事項: 記事内容は2026年1月時点の情報です。プライバシーに配慮し、一般人である元妻の名前や顔写真は掲載していません。
最後まで読んでいただきありがとうございました。


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